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カトリック松山墓地

                                愛媛県浦上キリシタン記念碑

浦上キリシタン流謫碑がある


浦上キリシタン流謫碑が建てられているカトリック墓地。
松山には、86人の信徒が長崎から流されて来て牢屋生活をしていました。故郷に帰ることを許されぬまま、当地で亡くなった8人の名前が台座の正面に刻まれています。


カトリック松山墓地

カトリック松山墓地


台座正面には「長崎浦上村住人 ペイトロ宅四郎 ペイトロ六右衛門 パオロ米蔵 ロメゴス市兵衛 ペイトロ豊吉 シワンノ八十八 マリナ テル ロメナ タネ 他数名」と刻まれています。

松山に送られた信徒の死亡原因となったのは赤痢で、ひどい拷問が行われたとは伝えられていませんが、それでもこの中に名前の見えるパオロ米蔵は、身動きの取れぬ三尺牢に入れられました。

松山で死亡した信徒たちの亡骸は、藩の処刑場であった衣山(きぬやま)に葬られ、「後に帰国の沙汰があった時に、石工に頼んで墓碑を造り死者の名前を刻んで、夜陰に之を墓地に建てた」と浦川和三郎著「浦上切支丹史」に書かれています。その墓碑が恐らく、台座の前に置かれた2枚の石碑です。

オベリスクの形をした浦上キリシタン流謫碑は、幼い頃松山に流されて来て牢屋生活をした山口宅助神父が、関係各位に働きかけて1937年に建てられるようになったものです。


カトリック松山墓地
カトリック松山墓地
浦上キリシタン解説板
浦上キリシタン解説板
カトリック松山墓地
カトリック松山墓地
浦上キリシタン流謫碑
浦上キリシタン流謫碑
浦上キリシタン流謫碑
浦上キリシタン流謫碑
衣山にあった石碑
2枚の石碑
死去した8人の名前
死去した8人の名前
浦上キリシタン流謫碑
浦上キリシタン流謫碑



 
現地への行き方
松山市朝日ケ丘2丁目。



この地図は大体の位置を示すものです。訪問の際は現地の案内や地図で所在地を確認してください。

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